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稔心流武道について

柔道講道館の嘉納治五郎の弟子であり、合気道の植芝盛平の愛弟子でもあった故望月稔師範の道場で内弟子として学ばれた杵淵暢師範。2003年に現智誠館館長の須貝圭絵が 南魚沼の国際大学に合気道部を作り、指導を杵淵師範にお願いした。その後、杵淵師範が望月合気道に師範独自の形を加えた魚沼流合氣道を創設。2013年、魚沼流合氣道京都支部が出来る。2020年秋に名を稔心流武道と改名。2021年春、稔心流武道京都支部智誠館が創立。

稔心流武道

​成り立ち
 

望月 稔

  • 1907年(明治40年)、静岡県静岡市に生まれる。

  • 1912年(明治45年)、柔道を習い始める。

  • 1918年(大正7年)、大長九郎(力信流)の道場・武修館に入門し、剣道を習い始める。

  • 1924年(大正13年)、徳三宝より柔道を学ぶ。

  • 1925年(大正14年)、玉心流柔術を修行し、切紙を授けられる。

  • 1926年(大正15年)、講道館入門。

  • 1927年(昭和2年)、三船久蔵の内弟子となる。

  • 1928年(昭和3年)、嘉納治五郎が講道館の有段者を対象に開いていた「古武道研究会」に参加し、天真正伝香取神道流剣術や空手道を修行する。中山博道の道場・有信館に入門し、居合の修行を始める。

  • 1929年(昭和4年)、嘉納治五郎の直接指導を受け始める。

  • 1930年(昭和5年)、講道館の四段位を授けられる。嘉納治五郎の指示により、植芝盛平に入門。合気道の修行を始める。清水隆次にも入門し、神道夢想流杖術の修行を始める。

  • 1931年(昭和6年)、郷里の静岡県静岡市に道場「養正館」を開く。以後、静岡県の憲兵隊、警察署等で指導する。

  • 1938年(昭和13年)、モンゴルに赴き、現地で武道を指導する。

  • 1946年(昭和21年)、帰国。

  • 1950年(昭和25年)、養正館再開。

  • 1951年(昭和26年)、フランスに赴き、フランスで初めて合気道を指導する。翌年、帰国。

  • 1956年(昭和31年)、剣道五段位、杖道五段位を授与される。

  • 1959年(昭和34年)、三船久蔵らの推薦により、講道館より柔道七段位を授与される。

  • 1960年(昭和35年)、パリ市より文化功労賞を授与される。

  • 1973年(昭和48年)、ベトナムで合気道と柔道を指導する。

  • 1976年(昭和51年)、全日本柔道高段者会の講師に就任。

  • 1999年(平成11年)、フランスに移住。

  • 2003年(平成15年)、フランスで死去。

 

杵淵 暢

稔心流武道​創始者

​最高師範

  • 小千谷合気道協会会長

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須貝圭絵

八段

稔心流武道八段(師範代)

智誠館師範

須貝フィリップ

七段

稔心流武道七段(副師範)

アザマット 

アハムウライエブ

六段

​京都道場

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